「なぜ…?」
そんなことばかりを考えてしまう。といっても、これは私の考え方の癖なのだろう。
今起きている事を素直に味わえない。噛み締めて噛み締めて、そして感じなくていい隠れた苦みとかえぐみとか臭みまで感じ取ってしまう。または思い込んでいるのかもしれない。
いっそのこと、成分表に明示しておいてほしい。そしたら、それを承知で咀嚼するし、なるほど、道理でこういう味がするわけなのだなと心の準備ができるかもしれない。
というのも、例の彼女、私に懐いてくれるのはもちろん嬉しいけど、「なんで私なんだろう?」と、ふと、また考えている。
学生時代からちょっと前までは、私自身彼女を避けていたことすらあった。なのに、今では同じ職場にいる。仕事中も視界のフチに映り込むし、休憩時間はもちろん一緒にいて他愛ないおしゃべりをしたりする。プライベートでも、遊びに誘えば予定を合わせてくれる。
友だちなら当たり前だと思う。
主観的な私から素直に言うと「彼女、ほんとスタイル良いし、顔もまぁ良い方かなwかわいいやつ…笑」なんて思っている。
でも、私たちの関係を冷静に客観的に観察している自分がいる。
そしてその自分は「…なんでこんなにも属性が違うのに一緒にいるんだろう?」「本当に友だちでいいの?私なんかが?」「万一、私に居心地がいいとか感じてるんなら、絶対損してる、または損することになる」とか思考を始めてしまう。
こういう主観的な自分と客観的で悲観的な自分がいる私の思考の癖。
これでどうにかここまで生きてきたんだから、メリットはあるんだろうけど、デメリットばかりに目がいく。
例えば、料理屋で一緒に同じ料理を注文して、いただく。私も彼女も「美味しいね」と感想を交すのだが、彼女が言った「またここに来たいな…」なんて独り言に、「また来ようよ」と言いかけて、やっぱり客観的な私が「いや、ここに来たいと言ってはいるけど、その隣にいるのは私じゃなくて他の友だちにも紹介したいとか家族とかもしれない。出しゃばってはいけないよ」とブレーキをかける。だって、独り言の声の大きさだった。
「本当に美味しい料理だったね」と独り言を拾ったかそうでないか、どちらに捉えても差し支えないことを言うので精一杯になる。
友だちなんだから、どういう返事でもイジって笑い話に変えることなんて容易いはず。
でも、その前までが2人きりでちょっと良い雰囲気、というか穏やかで心地の良い空気感だったから…それが壊れてしまいそうで怖かった。率直に言うとそんな感じ。
そして、そんな出来事をその場でそのまま味わうのではなく、持ち帰って何度も何度も咀嚼してしまった。
「あの時の彼女の態度、どういう意味だっただろう?」
「私は空気を重くしていなかっただろうか?」
「あの反応で正解だったのか?」
わざわざ、穏やかな空気感の方ではなく、気にしなくていいことの方を。
結局、私は落ち込んでしまった。彼女の方は、当然何も変わらずなのに。
私は綺麗に言うと「繊細」で、そうでない言い方なら「気にしい」だろうか。
些細なことでまたこんな同じことを考えていて、自分でも「くだらないな…」と思うのにね笑


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