なぜ、私は「人間は敵だ」と思ってしまうのか?

うまくいかなかった話
うまくいかなかった話
めろー
めろー

ごきげんよう!
めろーです!!

最近ですが、例の幼馴染みへの執着というか、特別なクソデカ感情に振り回されているせいか…?
自分がなんでこんなにも拗らせているのか、ようやく分かってきた気がします。
安心してください、平常運転です!そこまで病んでないよ!!

まず、私の(面倒な)考え方の基本

「人間が嫌いである」

そもそもが人間が嫌いなのです。でも、こうしてブログに、SNSに気持ちを吐露しているということは、まだ「私を理解してくれる人に出会っていないからではないのか?」とも思っているところがあるのですが…。多分。
あ!あの希薄な関係性が気楽なのかもしれませんね!
または人間は矛盾する生き物。まぁ、置いときましょう、細かいところは。話がまた逸れるw

人の輪に入れないから苦手なのだろうか…?

「人生なんて意味がないのに、努力する必要性を感じない」

人、というよりもこの地球で生きているもの、存在する全てに対して、
極端な言い方だとは思いますが、別に存在する意味なんてないと思ってます。…そんなこと言ったら何もかも意味なんてないとは思いますが。生物的には「とりあえず繁栄するため」かも。でもあくまでも何もかも無視した個人的な私だけの考え方では「私の家系なんて繁栄しなくていいし、そもそも私のような遺伝子は増えない方がいいよな」と思っているのです。
なぜ「人生は意味がない」と思っているのかというと、「この世界は地獄。なぜなら前世できっと悪い事をした罪があり、ここで苦しみながら生きることが罰であるからだ」と、…まあ言葉にしたら変な事思ってるからですね。そもそもが人間嫌いから来ている考え方なのかも。
もっと極端な言い方すると、「こんなどうしようもない世界に生きてる意味、ないよなァ…」と。
ごめんなさい、あくまでも、「私の中では」なので。
でも、私はまだ恵まれている方だとは思います。こういった沸いた思考できるほど、要するに余裕がある境遇なのだから。

なぜ、人嫌いなのか?意味がないと考えてしまうのか?

これが、最近私がようやく辿り着いた考えなのですが…。
自覚が今までなかったのですが、私は猜疑性パーソナリティ障害に片足を突っ込んでいるのかもしれません。
今では妄想性パーソナリティ障害というのですが、個人的には「猜疑」の方がしっくりきます。という感想はさておき。
これがどういうことなのかというと、「人はきっと私を裏切るに違いない」とそう思いたくなくても、でも思ってしまうのです。
あと陰口言われてるのでは?とか、私のこと見下してる?とか、陥れようとしてるのでは?とかね…。
はっきり言えば、私にとってどうでもいい人間に対しては防御的な意味で「人間は信用できないからな…」くらいで済むのですが、一番問題なのは、これもまた最近気付けたのですが…。
私にとって大切な人、または大切にしたい人には、より一層それが出てしまうのです。
猜疑心とトラウマの最悪な組み合わせですね。
親しくなればなるほど、私の中で存在が大きくなればなるほど、
「…いや、待て…?相手からしたら私なんてどうでもよくて、特別な存在ではないんだ…」
そう思ってしまうのです。証拠もないし、そもそも(今現在は)そんなこと考えなくていいはずなのに。
それに「どうせ私は相手からしたら、数多くある選択肢の一つに過ぎないし、最後まで残る選択肢ではないのだ」という「選ばれない」という強迫観念に囚われているのです。

…だから。
選ばれなくても心の傷が最低限で済むように。人間は他人の事を自分の価値観だけで吟味する生き物で、私のことをそんなふうに勝手に吟味する人間は嫌いで、距離を置きたくなるし、私が良いことをしようがそうでなかろうが、選ばれたりしないのだから、「何をしても意味がない」という妄想に取り憑かれているのでしょう。自分を守るために。

原因:幼少期のトラウマ

選ばれなかった…

ずっと刺さっていたはずなのに、私が物心つく前からぶっ刺さっていたせいなのか、それすら理解出来ていなかったトラウマがあることに最近気付けました。
それは「母親に選ばれなかったこと」。
母親を恨んでいるわけではないのです。母親は20歳でシングルマザー…とは言っても母親の両親、つまりは私からすると祖父母がいてくれたので、私は鍵っ子でもないし、孤独な時間というものがなかったのですが。「母親は基本、家に居ない」と思っていました。
仕事してるし、帰りが遅くても私と兄のために一生懸命働いてくれているのだ、と。
家に居たら、基本私のことは構ってくれたし。祖父母は、まあ私よりも初孫で初めての男の子で明るい性格をしている兄をひいきしていたけど、母親だけは私をちゃんと見てくれているって思っていました。当時の私はマザコンでした、きっと。
しかし、物心ついた時、母親の帰りが遅い理由を私は知ってしまったのです。
その理由とは、「男と遊んでいる」ということ。
でも、私は、母親が私の理解者だったように、私も母親の味方でいようと「お母さんは若くして離婚しちゃったし、パートナーを探してもそれは当然なことなんだ」と、そう解釈することに決めたのです。
…そもそも、それが始まったのは私が物心つく前だから、繰り返しますが「母親は基本、家に居ない」そういうものだと思っていたし。
でも、今は時間も経ったし、少し冷静になったり、当時の母親の年齢も越えた私は、こう思ってしまうのです。
「血の繋がった私より…好きになった男を取るんだ…」と。
今では母は私のそばに住んでいて、まだ世話を焼いてくれます。ただ、もちろん再婚した男の方が優先度が高いのですが。
…だって母からしたら私よりも「愛している男」だからね。
こうしたことから、家族だからっておいそれと信じられないし、人間は裏切る生き物だと思うようになってしまいました。
あんなに母親のことが好きだったのに、今では「私の金を搾取しようとしてるのでは…?」と信じられなくなっています。嫌っているというわけではないけど。私の優先度低いんだったな、この人、といつも脳裏をちらつきます。
まぁ、もう自分のことは自分でできるし、いいんだけどさ…。
ここで、大好きだからこそ信じよう、理解者でいようとしていた人に裏切られて、「もう傷付かないようにあんまり人と親しくも特別な感情を勝手に持つのもしないようにしないと…だって人って私の心と関係なく裏切るんだから、見返りなどないのだから」と猜疑的な防衛を無意識にしていたのかもしれません。

みんな、見る目ないな…

あとは兄の存在も私にとってはコンプレックスになっているのかもしれません。
私とは真逆で陽キャで人懐っこい兄は、学校でもちょっとした有名人でした。兄と同学年の人からは「あいつの妹なの?」とか、先生でさえも「お兄ちゃんは面白いよな」とか話しかけられました。
純粋な人間ならそこまでなにも思わないかもしれませんが、
家でも、外でも。…「私じゃなくて、兄」の話ばかり。兄はいつも話の中心にいるのです。
それに、兄は勉強が苦手でした。でも昔取った杵柄ですが、私は勉強も運動も出来ました。
…なのに、兄。
ここでも私は選ばれない…。
ここからは、「私の方が有能なのに、誰も私を認めてくれない。本当に見る目ない。…こんなアホな奴らとは関わりたくもないし、助けたくもないし、助けてほしくもない」とスキゾイド的な回避をしてきているのだと思います。
あとイタイのを承知で「天才とは、有能な人間とは、孤独なものだ…」と自己愛性も拗らせていたのかも…。馴染めない自分を守るために、ねェ…。
幼い頃から私は、あまり泣いた記憶がありません。駄々をこねたこともないし、いわゆる「いい子」でした。手間のかからない、という意味で。
…手間のかかる子ほど、やっぱ可愛かったのかなぁ…。

幼少期は聖子ちゃんヘアーだったんだよ、僕(要らない情報

幸せそうな人たちを見ると今でも「私の居場所はないな…」と思うんです。除け者にされているように感じてしまうのです。そうすると、私が居ない方がみんなもっと幸せなのかもな…って。
で、拗らせてくると「あんなに笑って…アホらし」って捻くれてイライラしてくるんです。

結果、捻くれに捻くれた怪物(私)が爆誕

気付かぬうちに、私は人と深く関わる事を避けてきました。
今では理屈っぽく「協調性とか非生産的なんだよなw」「私ってみんなと考え方違うし…w」「みんな見る目ないからなぁw」とかそれっぽい理由を並べ立ててきました。
この記事の冒頭もそうですね…笑
でも、それがなぜなのか。トラウマから紐解いていくと「自分が認められない事が怖い」「私は特別に思っていたが、相手にはそうじゃなかった」など、傷付くのが怖いんだと思います。
「もうあんな思いしたくない、傷付きたくない…」
では、手っ取り早く、そして傷付かないためにはどうすればいいのか?
…それが人との関わりを極力避ける事でした。

選ばれないなら、そもそもがその集合体から外れればいい。
「親友」になれないなら、友達なんて作らなければいい。
「大切な人」に置いていかれないようにするには、最初からそんな人作らなければいい。
人間関係で傷付いてきたのだから、初めから「人間は敵」としておけば、裏切られようが、利用されようが、傷は最低限で済む…。ね?簡単でしょ?
でね、…心が荒みます。
でも、ずっとこれで来ちゃったんだろうな…ようやく分かった気がします。
自分は人と違うから馴染めないんだって思ってたけど、そうじゃなくて、人と関わって傷付きたくないって。
絶対に傷付かないなんてことないのにね。

捻くれモンスターをどうしていくか…

さぁて、ここからが私の人生での課題ですね!
いい歳して、いやいい歳だからこそ、この困ったモンスターとどう付き合っていくか
改めて「他人と過去は変えられないけど、自分と未来は変えられる」と、大学の頃の心理学の教授の言葉を思い出します。
確かに、どれだけ家族を恨んでも、幸せそうな人たちを羨んでも…誰も私の事を救ってくれるわけではないですからね。自分自身で変えよう、変わろうとかそういう努力を何もしてないんだから。
人を信用するなって思っておいて、なんで誰かに救ってほしいだとか、他力本願なことを思っているんだろう…?シンデレラ願望ってヤツか…?怖…。いよいよカオスですねぇ。

具体的にはまだ何もこの課題に対してのアプローチが浮かびませんが、「人間は敵!」じゃなくて、まずは「ギブアンドテイク…かも?」という軽い気持ちで…気分が乗ったら歩み寄ってみたいと思います。(本当か…?)

めろー
めろー

では、
お付き合いありがとうございました!

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